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| 我が家の菜園コラム 家庭菜園を通じて自然に親しみ自然を利用しスローフードな野菜作り。有機肥料で無農薬の菜園野菜でスローフード家庭料理。近場の秘境なども写真つきで紹介 |
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| 「第39回ポンポン山トレッキング」 |
2007年4月25日 先週の土曜日(21日)は、発足10年目迎えたNDKトレッキングクラブの第39回トレッキングで京都府と大阪府にまたがるポンポン山に登りました。JR向日町駅に集合して、阪急バスで善峰寺まで行き、そこから、いざ頂上に向かって登り始めました。途中1kmぐらいまでは、まだ人家がありましたが、杉谷で最後の人家を過ぎると東海自然道の山道にさしかかります。最初は緩やかなのぼりですが500mほどで勾配が急になってきました。トレック仲間もここらあたりから日頃の体力差が顕著に現れます。ソウルマラソン完走者や京都シティハーフマラソン完走者の仲間はスイスイと平気ですが、日頃ネオン街の散策が得意な仲間は、もう肩で大きく息をしながら汗をかきながらの登攀です。途中休憩を入れながら北に愛宕山や、北東にかすかに近江富士を遠望して和気藹々で山頂を目指します。途中には今が盛りの山桜や珍しい野生の『カタクリ』の群落があり、可憐で清楚な花を咲かせていました。初めて見る『カタクリ』の花は白地に薄紫の6枚の花弁をつけてやや下向き加減に咲いていて少女のようにひっそりとしてそれでいて凛とした風情がありました。 ちょうどお昼に山頂に到達。ポンポン山の由来が山頂で足を踏めばポンポンと音が鳴るというのでみんな盛んに足を踏み鳴らしましたが、いっこうにそれらしい音はしませんでした。早速お弁当を皆で広げて話が弾みます。お昼の仕上げ、恒例のコーヒータイムでは、コーヒー名人がいつもの手馴れた手順でイノダコーヒーを沸かしてくれます。お昼のコーヒーはトレッキングの楽しみのひとつになっています。 約一時間の休憩後、一路、本山寺を目指して下山の途につきました。2.5kmほどは、整備の行き届いた山の稜線を気持ちよく歩きます。本山寺の少し手前で急な下り坂になりますが、それもつかぬ間でお寺に到着です。お参りを済ませ、トイレ休憩をとってすっきりしたところで今度は神峰山寺に向かいます。ここからは、舗装された道が3km続きます。 このコースではだらだらと下り坂が続くこの道がやや趣に欠けるところです。神峰山寺の境内には芽吹いた紅葉の若葉が目に優しくトレックの疲れがすっと癒される感じがします。紅葉の季節も素晴らしいだろうと思いながら、念仏を唱えて、さらに、上の口バス停までの1.5Kmを下ります。着くと同時にバスが来て、JR高槻駅まで再び車上の人となりました。 さあ、そしてJR高槻駅に着くや、みんな俄然元気が回復します。お待ちかねのビールが目の前になると疲れきった足まで軽やかに弾みます。予約していたミュンヘンに予定どおり4時に着き、乾杯を待ちかねジョッキを傾けました。約2時間飲んで食べて思い切りおしゃべりをして、みんな大満足でそれぞれの家路に着きました。
カタクリの花その一

カタクリの花その二

山桜

ポンポン山山頂

神峰山寺山門

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| 「わけぎとほたるいか」 |
2007年4月22日 わけぎは、春の4月のお祭りの頃、富山沖で獲れる旬のほたるいかが、お店に並ぶ頃が一番おいしい季節です。柔らかく、おいしいのはこの時だけです。ちょっと遅くなるとすぐに葉が堅くなってしまいます。昔からほたるいかとの酢味噌あえが相性が良く、お酒の一品には最高です。 今年も石馬寺の六所神社のお祭りが14日(土)、15日(日)にあり、御みこしが出ました。この時期を待ちかねて「わけぎとほたるいかの酢味噌あえ」を食べるのが恒例です。
六所神社の御みこし

畑のわけぎ

わけぎとほたるいかの酢味噌あえ

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| 「春の息吹き」 |
2007年4月20日 このコラムも野菜と関係ない旅行記や桜情報が続きましたが、この一週間ほどの間にいっせいに畑の野菜や木々の葉が芽吹き、花が開き始めました。もうゴールデンウイークの頃にはイチゴも蕗も収穫できるのではと期待している今日この頃です。比例して雑草も勢いよく伸びる時期になり、草取りに精を出す季節でもあります。
イチゴの花

スナックエンドウの花

ふき

アスパラ

ブルーベリー(アイバンホー)

南高梅の実

びわの実

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| 「桜 それぞれ」 |
2007年4月17日 今年は、吉野山の桜をはじめ、東大寺や和歌山城、紀三井寺の桜をたっぷり見てきましたが、東近江の近辺の桜もまた個性豊かに、それぞれ美しく咲き誇っていました。 桜はやっぱり日本を象徴する花ですね。絢爛豪華に咲くのもあれば、そっと控えめに咲く桜までほんとに見飽きることはありません。そして惜しげもなく潔く散っていくのが日本人の感性に合っているのでしょうか。 この春、東近江市近辺で撮った桜です。

石馬寺の紫陽花街道沿いの桜(04/7/17早朝)

繖スポーツ公園の桜その一(07/4/15早朝雨中に撮影)

繖スポーツ公園の桜その二(07/4/15早朝雨中に撮影)

彦根城の妖艶な夜桜、今年は築城400年祭でにぎやかです(07/4/13)

我が家の庭に6年前に植えた「権現桜」が今年も可憐に咲きました(07/4/16) この桜の品種が日本一だと言われています
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| 「青春切符の旅 その二 和歌山城と紀三井寺」 |
2007年4月8日 青春切符の第二の旅は、和歌山城と紀三井寺でした。 和歌山城は祖母や父にとっては、とても懐かしいところです。 実は太平洋戦争の末期まで和歌山城内に家がありました。明冶の後期に祖父が名古屋から移り住んだと祖母から聞いていました。祖父は造園業を営んでいたそうで名古屋から、貸切の列車を仕立て植木を満載して、はるばる四国に運んだそうですが案に相違して思うように植木が売れず和歌山に戻ました。当時の和歌山県知事と知己があったそうで徳川御三家の一つであった和歌山城が当時は荒れ果てていたところ整備を条件に城内に居を構えることになったそうです。南紀園という名前で手広く造園を手がけていたそうです。お酒好きで少し破天荒だった祖父は戦前にすでに亡くなり、終戦の8ヶ月前に生まれた私には祖父の記憶はありません。 戦争の末期に空襲の焼夷弾で一瞬にしてお城や県庁が灰燼に帰してしまい、祖母は防空壕の中に逃れたのでかろうじて助かったそうです。当時、父は家業を継がずにすでに京都に住んでいました。祖母は着の身着のままで京都の父の家にたどり着いたそうです。 祖母の話では終戦後に焼けたお城に帰ったら当時、樹齢400年の樟を樟脳製造業者が焼夷弾で焼けた樟を加工して樟脳造りをしていたそうです。この旅で、その樟の一本が生き残り今も樹精が衰えずに元気に葉を繁らしていたのが印象的でした。 お墓は和歌山にありましたが、父は遠いところへの墓参の大変さを案じて生前から五個荘の石馬寺に移してほしいと言っていましたので、父が昭和の最後63年に亡くなったのを機会に翌年の平成元年に石馬寺にお墓を移しました。その折に和歌山のお寺で供養をしてもらって以来の和歌山行きで、今回は先祖の足跡を尋ねる、ちょっとしたセンチメンタルジャーニーでもありました。 余談ですがお墓といえば、今年の1月から3月までの朝日テレビの木曜ドラマシリーズ「えらいところに嫁いでしまった」の中で、石馬寺のお墓がロケ地に使われ、仲間由紀江さんと谷原章介さんがお墓を磨くシーンにここのお墓が使われました。 和歌山城はちょうど桜が満開で大勢の花見客で大賑わいでした。天守閣に登り、和歌山市街や紀ノ川を眺め、城内の紅葉渓公園を散策し、しばしご先祖様を偲び感慨に浸たることが出来ました。その後和歌山一の繁華街「ぶらくり町」を訪れましたが、乗ったタクシーの運転手さんが言ったとおり、閑散として往時の面影がなくなっていたので、寂しい思いをしました。父や祖母が今見たらどう思うだろうと考えてしまいました。 ぶらくり町から歩いてJR和歌山に戻り紀三井寺に向かいました。 西国2番寺の紀三井寺は散り行く桜が乱舞し当日はお釈迦様のお生まれになった日で生誕を祝う甘茶が振舞われて、ここも大勢の善男善女が参拝に来られていました。 芭蕉が訪れた記念の銅像の側のプレートに刻まれた句がとても印象的でした。 「見上ぐれば、桜しもうて、紀三井寺」 ちょうど桜がしまう今頃に、芭蕉も紀三井寺を訪れていたと思うと感無量です。紀三井寺の参拝も無事に済ませ阪和線で紀州路快速に乗り帰路に着きました。 今年も春の青春切符旅行を大いに楽しむことが出来ました。また、夏にはどこへ行こうかと今から思いを致しているところです。 野菜作りの合間に出かける旅も、また楽しからずや! というところです。

和歌山城

樹齢450年の生き残った樟

和歌山城の桜越しに望む紀ノ川

紅葉渓庭園の茶室と池の向こうの石垣の上に我が家がありました

紀三井寺を旅した芭蕉の碑
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| 「青春切符の旅 その一 吉野山と東大寺・興福寺南円堂・二月堂」 |
2007年4月7日 今年の春はJRの18青春切符が発売されて20周年ということで、8.000円で発売されました。数年前から青春切符を利用して旅をしていますが、今年は4月8日に奈良の吉野山、東大寺、二月堂、9日は和歌山城と紀三井寺に行って来ました。 滋賀県のJR能登川駅を5時18分の電車で京都に向かい、奈良線に乗り換えて奈良へ、桜井線で高田まで行き、和歌山線にまた乗り換えて吉野口へ行くところが、一駅乗り過ごすハプニングがありましたが、幸い30分ぐらいの待ち時間で吉野口に戻ることが出来ました。吉野口からは近鉄を利用して吉野まで出ました。 初めての吉野山でしたが、天候も予報どおり晴天に恵まれ、シロヤマザクラがほぼ満開で大勢の人で賑わっていました。ロープウエーに乗り、降り立った前に壮大な仁王門が迎えてくれます。関谷坂を越えたところに国宝の蔵王堂があり、その本堂は圧巻でした。さすが歴代天皇や秀吉、西行法師、松尾芭蕉が訪れた歴史が刻まれた山だけあって、清々とした気分に浸ることが出来ました。ソメイヨシノのような妖艶な趣はありませんが、信仰の山に相応しく質素な中にも匂い立つ豪華さがあり名匠が描く、心に刻まれる絵のような景色が印象的でした。 吉野山を堪能した後、再び近鉄、JRを乗り継ぎ奈良駅へ。駅から三条通を歩いて、奈良公園に向かいました。まず西国三十三箇所の9番寺、興福寺南円堂に参拝して、五重塔を見上げながら東大寺を目指しました。 東大寺は8世紀に聖武天皇が国力を傾けて整備した寺だそうです。さすがに日本が誇る世界遺産だけあって、壮大で荘厳な雰囲気に包まれ参拝者を圧倒するたたずまいと雰囲気がありました。中世の二度の戦乱で焼失したそうですが、往時は東西に七重の塔がそびえていたそうです。今の大仏殿は江戸時代に再建されたもので、最初の頃の三分の二に縮小されているそうです。奈良時代、今よりも大きな大仏殿が建っていたとは想像を絶する思いがします。当時、建築機械も何も無い中で建立を果たし、大仏様の銅の鋳造も当時はおそらく世界で最高水準の技術ではなかったかと思われ、先人の偉大さに思いを致した一日でした。その後、お水取りで有名な二月堂にもお参りをして、またもとのJR奈良駅から京都行きの快速で帰路に着きました。 こうして青春切符第一日目は桜色に染め上がった古刹を巡り、沢山の祈願をして無事に家路に着くことが出来ました。 合掌

仁王門

吉野山の桜

東大寺
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| 「白菜の漬物」 |
3月の初めに晩生の白菜を収穫して、今年二度目の白菜を漬けました。自慢の漬物です。漬け方はシンプルそのもので、材料は、白菜とお塩と昆布と畑で取れた酢橘だけです。白菜を収穫して、すぐに半分に切り、一日、太陽に干し、漬物たるに白菜を並べ、塩は白菜の芯の部分にやや多めにふりかけますが、全体としては極力薄塩です。並べた白菜の各層ごとに昆布と酢橘と唐辛子を入れて積み上げ、出来るだけ重い漬物石を使います。二日後ぐらいには、水が上がります。水が上がればもう後は、醗酵して漬かるのを待つだけです。10日から、二週間ほどで漬かります。初めは、浅く酸味が少ないですが、一ヶ月近く立つと少し酸味が出ますが、有機栽培でじっくり育てた白菜は、白菜自体の甘みと醗酵酸味が絶妙に溶け込んで最高の白菜漬けとなります。 おいしく漬けるコツは、塩は出来るだけ少なめ、良質の昆布を使う、酢橘か柚子を忘れずに、何よりも主役の白菜を有機栽培で甘みたっぷりに育てることですね。 お茶漬けやご飯のおかずだけでなく、お酒のお供としても絶品です。 白菜の漬物で、食欲もお酒も進んでしまう今日この頃です。

樽から出したての白菜と昆布と酢橘、唐辛子

別嬪、いや絶品の白菜漬け
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