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| 我が家の菜園コラム 家庭菜園を通じて自然に親しみ自然を利用しスローフードな野菜作り。有機肥料で無農薬の菜園野菜でスローフード家庭料理。近場の秘境なども写真つきで紹介 |
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| 「ちりめん街道 ふたたび」 |
2008年7月24日 今月の始めに仕事で京都府与謝郡与謝野町の加悦を訪れましたが、23日からまた出張で加悦に出かけることになりました。定宿の「井筒屋旅館」に泊まりましたが夕食は歴史に詳しい若女将のお話を聞きながら美味しい料理をいただきました。翌日は、朝食前の涼しいうちに「ちりめん街道」を再び歩いてみました。前回は途中でカメラのバッテリイが切れてしまい、撮れなかったところを見てきました。 もう夏休みでラジオ体操を終えた子供が街道を歩いています。おはようと声をかけるとちょっと恥ずかしそうに挨拶をしてくれます。 今朝は、街道沿いの加悦奥川の天神橋の袂の家からちりめんを織る機織りのガチャガチャという音が聞こえてきました。今でもちりめんの機織をやっているところがあるのを知ってなぜかホッとします。 一時間ほどゆっくりと「ちりめん街道」から天満の森の急な階段の参道を上り天満神社に参拝。宿に戻り、朝食をよばれました。味噌汁の味噌も自家製で出汁は、夕食に出た肴でとってあり鯵の兜があしらわれて最高の味噌汁でした。
井筒屋旅館ここをクリックしてください ちりめん街道から望む実相寺 渋谷家住宅 渋谷家住宅では、与謝野鉄幹の父、礼厳が与謝野郡温江の出身ということで鉄幹と晶子が加悦を父の追念のため加悦を訪れて詠んだ歌を軒に展示しています 与謝野晶子の歌 伊藤医院、昔の懐かしい医院の風情が残っています 杉本家住宅、江戸時代に建てられた建物を大正初期に移築されたそうです。白壁の二階に窓に虫籠窓があります 杉本家住宅、明治26年の建築。2階には虫籠窓があけられ両側に白い漆喰で仕上げられた珍しい「うだつ」が残っています。うだつがあがらないとは、ここから来た言葉です 土蔵のある杉本家住宅から宝厳寺を望む 宝厳寺、楼門は元禄13年(1700年)に建てられ、現在の門は、文化15年(1818年)に建てられました。南北朝時代の木造阿弥陀如来坐像が納められています 天満神社の155段の急な石段 石段を上の境内から眺める 天満神社の本殿 時間が止まったような朝日に映える加悦奥川の川面 ここから懐かしい機織りの音が聞こえてきました 宿での朝食おかず、味噌汁もここで獲れた魚の干物も自家製です。日本に生まれて良かった たまにしか行きませんが、何度、訪れてもちりめんの里、加悦と井筒屋旅館は時間を超えた優しさと静けさに包まれホッとするところです。
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| 「京都 街なかトレック」 |
2008年7月5日 このところ本業の仕事が立て込んで、ブログの更新が遅れています。もう先々週の土曜日(5日)になりますが、トレッキングクラブの第44回のトレックを敢行しました。 京の三条京阪前の高山彦九郎の銅像前に集合して、総勢21名が鴨川の河川敷の遊歩道を北上してまず出町柳まで向かいました。今出川の鴨大橋渡りを出町柳から下鴨神社に参拝です。下鴨神社は正式には「賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)」で、世界遺産にも登録されています。梅雨明け前の蒸し暑い日差しの中を歩いてきましたが、神社の参道に入ったら温度がさっと下がり、「糺の森」(ただすのもり)はどこか別世界に来たような気がします。平安京に遷都される前の山城の国は「糺の森」ような森林が国中に広がっていたそうです。5月15日に上賀茂神社と合同で行う葵祭(賀茂祭)は欽明天5年(545年)に始められたとされており、平安時代には祭りといえば葵祭のことを意味したといわれているくらい有名で、源氏物語や枕草子にも登場します。先参拝を終えて今度は高野川の葵橋を渡り桜並木の遊歩道に沿って北上、高野橋を越え、松ヶ崎から、宝ヶ池に向かい、こどもの国から少し歩くと憩いの広場です。そこで昼食、イノダコーヒー特製コーヒーをよばれてしばし休息。宝ヶ池で国際会館と京の霊峰、比叡山を望み、あとは一気に京都府立植物園まで歩きます。植物園の花も夏の盛りにかかり春のような華やかさはありませんが色んな種類の見事な向日葵に出会いました。バラ園や熱帯植物園にも入って日頃見ることの出来ない熱帯の木々を見てきました。 植物園をあとに再び賀茂川に戻り北大路大橋をくぐり、葵橋から出町に向かい、出町柳からは京阪電車に乗り、予約していた河原町三条のスーパードライで冷たいビールとドイツ料理で盛り上がり、街なかトレックの疲れが一度に吹っ飛ぶひと時を過ごしました。
高山彦九郎像 三条大橋の東から木屋町方面を望む 下鴨神社参道 糺の森 鴨の七不思議「烏の縄手」、神社の祭神ヤタカラス(太陽)に通じる長い細い参道、縄手とは細いと言う意味だそうです 楼門 本殿 宝ヶ池 宝ヶ池から国立国際会館、比叡山を望む 京都府立植物園の花々
 ちょっと涼しげな噴水 園内でトンボをつかんで喜ぶ子供 バラ園

 向日葵いろいろ

 熱帯植物園前の池の蓮 いろんな熱帯性植物、ジェラシックパークのようでした





今日は、総歩行距離は15kmで暑さのため、ちょっとバテ気味のメンバーもいましたが、無事にトレックを終えて何よりも乾杯のあとの冷たいビールが喉を通った瞬間の感激は忘れられません。
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| 「ちりめん街道」 |
2008年7月3日・4日 先週の木・金は仕事で久々に京都府与謝郡与謝野町の加悦を訪れました。加悦は日本でも有数のちりめんの産地で、二十数年前に始めて行ったときは、まだ町のいたるところで機織のガチャガチャという音が昼夜を分かたず聞こえてきました。寂しい限りですが今では機織の音は全く聞けなくなりました。仕事を終えて二十年来の定宿「井筒屋」へ、これも二十年来の美人の女将に挨拶して雨上がりの夕暮れ前のちりめん街道を散策。町はひっそりと佇み、時折すれ違う人は丁寧にお辞儀をしてくれます。時間が止まったような感じで、まだ日本の昭和の原風景のような町が残っているちりめん街道は、やっぱり機織の音が似合います。 ちりめん街道にある「井筒屋旅館」は昭和の初期に建て直された今では少ない趣のある宿です。料理も地元で取れた新鮮な魚や海草、宿の裏の畑で取れた野菜があしらわれています。若女将の里の世屋高原のやま蕗の佃煮も美味しかった。 夕食のあと、街道にあるこれも昔なじみのママのいる「ふらり」で一杯。地元のお客さんが数人飲んでいました。 翌、早朝は近くのお寺も散策、このあたりはちりめんでずいぶん潤ったのでしょうか、ずいぶん大きなお寺がいくつもあります。
ちりめん街道町並み
井筒屋旅館入り口
夕食の鯛と鯵の刺身、わかめ、スズキのたたき
カマスとナスの田楽
鯛の味噌和え
畑で取れた野菜、地産地消です
おから
青豆で作った自家製豆腐を味噌和え
世屋高原のやま蕗
散し寿司
30年前に女将さんが旅館に嫁ぐ前から保存していた天狗草を使ったデザートの寒天
夕食後に寄ったお店「ふらり」
杉本家、明治時代に電気事業を起こし、発電所を造り加悦に初めて電気を引いたそうです
川嶋家、昔は酒造屋さんでした
尾藤家、江戸時代からのちりめん問屋さん

天神橋から眺める加悦奥川
ちりめん街道町並み
白壁
實相寺
實相寺からちりめん街道、大江山方面を眺める
吉祥寺
丹後地震のあと昭和3年に建てられ、現在は京都府指定有形文化財の旧加悦町役場
20年前まではローカル線の加悦鉄道が岩滝町から加悦まで走っていました。ちりめんで栄えた加悦も今は、ちりめん街道に高級絹織物の歴史の町並みを残しています。 機会があれば、時々は訪れたい町のひとつです。
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| 「ジャガイモ収穫」 |
2008年6月28日 6月最後の土曜日、一週間ほど雨が降らなかったので畑の土がようやく乾き、ジャガイモも掘りごろを迎えました。 今日は午後から雨の予想でしたので朝の5時に起きていつもの夏野菜の虫取りを終えてからジャガイモ堀りに専念、朝食をはさんで1時までかかりました。 3月22日に男爵3kg、メイクインを3kg、キタアカリ5kgの種芋を植えてから、ほぼ三ヶ月で収穫です。男爵は成長がやや早いので6月の初めから掘りながら食べていましたが、今日の収穫だけで約130kgありましたので、植えた量の10倍以上になった計算です。短期間で10倍以上の収量があるジャガイモは野菜の優等生です。
3月22日の定植
5月の後半に花が咲き始める
掘りあげる前
掘りあげるところ


収穫後ガレージで干すも、すぐに雨が降り出しタッチの差で収穫が完了し、ホッと一息
男爵
メイクイン
キタアカリ
肉じゃが
男爵は蒸かしてバターで食べるのが最高です
今年は、新しい畑で間隔もいつもよりゆとりを持って作ったこともあり、大収穫になりました。 大地と太陽に感謝!
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