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| 我が家の菜園コラム 家庭菜園を通じて自然に親しみ自然を利用しスローフードな野菜作り。有機肥料で無農薬の菜園野菜でスローフード家庭料理。近場の秘境なども写真つきで紹介 |
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| 「東近江市五個荘 第13回ぶらりまちかど美術館・博物館」part3 |
2007年9月23日 お彼岸の今日は、第13回目の「ぶらりまちかど美術館・博物館」が開催され、「天びんの里」東近江市五個荘で近江商人屋敷、神社仏閣や美術館・博物館が無料で公開され、多彩なイベントが行われました。近畿や中部の各地からも大勢の旅行者が訪れ、昔懐かしい歴史の古い町並みを散策したり、旧家の庭を見学したりして楽しんでいました。 このイベントに訪れた人は1日で4万人だそうです。 この五個荘の近江商人の屋敷が残る地域は「美しい日本の歴史的風土100選」にも選ばれています。 part2で紹介した旧家に別れを告げて、近江商人屋敷に向かいます。 今日は、日はかげり気味だが、湿度が高く汗が吹き出てきますが近江商人屋敷の中に入るとさすがひんやりと感じます。
近江商人屋敷の象徴である白壁と船板塀と土蔵

最初は「外村繁邸」です。 外村繁は近江商人の家に生まれた有名な私小説家です。 外村繁邸の入り口にある釣る瓶

昔の消火ポンプ

台所

近江商人の妻女心得

近江商人屋敷「旧 外村宇兵衛家」の由来(東近江市資料より抜粋) 五個荘商人を代表する外村家、近江商人として活躍した外村与左衛門浄秋(六代目)の末子嘉久が、享和二年(1802)に分家して宇兵衛家を興したものです。文化十年に独立、努力を重ねた結果東京、横浜、京都、福井などに支店を有し呉服木綿類の販売で隆盛、明治には全国長者番付に名を連ねる豪商として地位を築く。 現屋敷は、往時の十数棟の建物や郡内一といわれた庭園などの隆盛からは縮小、多くの家屋も損なっていますが、天秤の里伝統家屋博物館として整備され公開されています。 入り口を入ると右手に小川を利用した洗い場がある

外村宇兵衛邸の庭に生るムベ(アケビの一種)


座敷に飾られた各地の郷土人形

丁稚車

白壁と庭園

緋毛氈を敷いた床机に置かれた茶道具(抹茶が振る舞われます)

まだまだ見るところは沢山ありますが、今回は時間の都合で最後に宮荘の藤井彦四郎邸を訪れました。藤井彦四郎はスキー毛糸の創業者として有名です。 玄関のアプローチから入ると左手にスイスの山小屋を思わせる瀟洒な建物が見えてきます

その隣には粋を凝らした和風の建屋があります
母屋の客殿や廊下は、柱から天井からすべて柾目の総檜です。往時の近江商人の財力がうかがわれます



廊下から望む庭園の池は琵琶湖を模っています

ここもしばしば映画のロケに使われることでもよく知られています。俳優や作家や知識人も訪れています。サインが飾ってありました

財力がいくらあってもハレの日以外の普段は使用人だけでなく当主も家族も質素倹約に徹していたのが近江商人です。天秤棒を担いで中山道や東海道を下って商いをして大きな富を築いていったそうです。ほとんどが自給自足の生活様式で環境負荷は何も無い時代でした。現代の私たちも見習うべきところが沢山あります。 往時の懐かしい家具が陳列されています。

ここの台所も外村家と同じです

小学校の時、夏休みになると毎年、母方の宮崎県の実家に遊びに行きましたが、台所はほとんど一緒で薪をくべてご飯を炊いたり、お風呂も五右衛門風呂で懐かしい思い出がよみがえってきます。 いつか九州の母方の実家を訪ねようと思っています。いまも果樹園を営んでいるので今頃は、梨やブドウの採り入れや出荷に追われているだろうな・・・・・・
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